『戦争と共産主義 : 昭和政治秘録』

ー序説 コムミニストの立場からー


 街には、赤旗を押し立てたデモ行進が延々と続いているインター・ナショナルの歌声が怒涛のごとく響いてくる


 私はふと奇妙な錯覚にとらわれる。この同じ街を、同じ我々の同朋が、手に手に日の丸の旗を打ち振り、愛国行進歌を高らかに歌い、延々長蛇の列をなして通って行く姿が瞼に浮かんでくる。それがまだついこの間のような気がするし、また遠い昔のような気もする。


 そして、あの日の丸の旗を振り、愛国行進歌を歌って通った何万何十万の人間は何処に行ってしまったのだろうか、また、赤旗を押し立て、革命歌を歌い、堂々デモ行進をやっている何万何十万かの人間は、何処から出て来たのだろうか。


 あの頃-全国民が戦争熱に圧倒されていた頃-何処で、何をしていた人だろうか、と思う。それから静かに考えてみて、大変なことに気がつく。


 あの戦時中、日の丸の旗を振り、愛国行進歌を歌って通った人間も、いま赤旗を振り、革命歌を歌って通る人間も、同じ人間ではないのかと。


 その頃、軍閥の御用を勤めていた軍需会社の重役どもの手で、工場から、職場から狩り出された名誉ある「産業戦士」が、今日は「輝ける階級戦」の指導者によって動員された革命の輝ける「前衛闘志」と名が変わっているのではないのかと。


 そして私は、もっと大変なことに気がつく。軍需会社の重役どもを動かして産業戦士を街頭に狩り出したのも、輝ける指導者に指令して階級戦線の前衛部隊を街頭に動員するのも、同じ一つの目的のために「俺がやっているのだ」と言う者があったとしたら、どういうことになるだろうか―と。
 

 人は「そんな馬鹿なことが-」と言うだろう。だが果たして「馬鹿なことが」と言い切れるだろうか。

内容紹介


大東亜戦争とは何だったのか?侵略戦争だったのか、自衛戦争だったのか、それとも植民地解放戦争だったのか?


著者は、国内外の共産主義者により計画的に実行された共産主義革命であったと断ずる。


戦前、内務省警察官僚として共産主義運動を研究し、その後、衆議院議員に立候補すると今度は一転して憲兵特高警察に追い回される立場になった。


民族主義者、政治を操る赤い勢力、共産ロシアの影・・・。


GHQの占領政策にまで影響を与えながら、「都合の悪い真実」として左右の両勢力から黙殺されてきた三田村論文の復刻版。


※本書は昭和二十五年に出版された「戦争と共産主義」(三田村武夫著)を新字体、現代仮名遣いに置き換えて再発行をしたものです。


〈目次〉


まえがき


【解説篇】


序説  コムニストの立場から
第一篇 第二次世界大戦より世界共産主義革命への構想とその謀略コースについて
一 裏返した軍閥戦争
二 コミンテルンの究極目的と敗戦革命
三 第二次世界大戦より世界共産主義革命への構想
第二篇 軍閥政治を出現せしめた歴史的条件とその思想系列について
一 三・一五事件から満州事変
二 満州事変から日華事変
第三篇 日華事変を太平洋戦争に追込み、日本を敗戦自滅に導いた共産主義者の秘密謀略活動について
一 敗戦革命への謀略配置
二 日華事変より太平洋戦争へ
三 太平洋戦争より敗戦革命へ


【資料篇】


一 「コミンテルン秘密機関」尾崎秀実手記抜粋
二 日華事変を長期戦に、そして太平洋戦争へと理論的に追い込んで来た論文及主張
三 企画院事件の記録
四 対満政治機構改革問題に関する資料
あとがき


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砕氷船理論 - Wikipedia

 近年では、在野の歴史研究家杉本幹夫が「興亜院政務部・コミンテルン関係一括資料」(国会図書館所蔵)中の怪文書をもとに第七回コミンテルン大会でスターリンが次のような演説を行ったと主張している。

 『ドイツと日本を暴走させよ!しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならぬ。ドイツの矛先はフランスと英国へ、日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせよ。そして戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて立ちはだからせよ。日、独の敗北は必至である。そこで、ドイツと日本が荒らしまわって荒廃した地域、つまり、日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日・独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ。』

 ただし、これまでのところ、実際にこのような演説があったという、確実な史料に基づいた確認はされていない。


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GHQ占領下の労働争議